ホームホスピスにじいろのいえ

2024.03.03

平成26(2014)年4月に開設した「にじいろのいえ」。パンフレットには「「物語り」を紡ぐ」とキャッチコピーがあります。これまでどのような物語りが紡がれてきたのでしょうか。管理者の今野まゆみさんにお話をうかがってきました。

お話を伺ったスタッフ

ホームホスピスにじいろのいえ管理者今野まゆみさん

-物語を紡ぐ家-

ホームホスピスにじいろのいえ管理者 今野まゆみさん

今野さんはにじいろのいえを立ち上げる前に、爽秋会岡部医院で十年間ケアマネジャーをしていました。平成25(2013)年に亡くなられた院長の岡部健医師は名取市、仙台市で在宅ホスピスケアを牽引してこられた方で、東日本大震災の折にはご自身が末期がんでありながら被災者の支援に活躍され、打ちのめされた人々に勇気と力強いメッセージを送られました。

その先生の薫陶のもとケアマネジャーを務めてきた今野さんには、在宅ホスピスの経験と知識、何より仕事を通して得た相互の信頼とネットワークがあります。

もともと今野さんの知人がデイホスピスをしてこられた家。震災後の住宅不足のなか、ここが見つかった時は本当に嬉しかったと言います。

門を入ると広い敷地に2階建ての家屋、1階の日当たりのよいウッドデッキが目に入ります。車庫から傾斜のある渡り廊下が玄関ポーチに続き、車椅子をおして入れるようになっています。敷地の裏手は山田北前緑地の林です。

入居者は現在8人。住人は現在、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の方が3人、頸椎損傷の方が1人、がん末期の方が2人、肺疾患の方が1人、くも膜下出血後遺症の方が1人です。そのうち胃ろうを造設している方が4人、気管切開して人工呼吸器をつけている方が2人、ALS患者のお1人は気管切開をしないと決めておられ鼻マスクで対応、と住人のほとんどが高い医療ニーズを持っておられます。

ALSの方は皆さん60代前半、頸椎損傷の方は40代、。彼らの暮らしのお手伝いをしているスタッフは13人。スタッフも若い人が多く、全体に明るく生き生きとした雰囲気です。通常は日勤4人、夜勤1人、お料理方が1人、掃除洗濯が1人です。


ALSという病

ALSとは、徐々に運動神経細胞が侵されていく病で、難病に指定されています。損傷されるのは運動神経細胞で、手足や顔などの筋肉(随意筋)が自分の意思で動かせなくなりますが、自律神経は侵されていないので、痛い、かゆい、熱い、冷たいなどの感覚は残るため、本人にとって大変つらい状況であり、病が進行すると瞼を開くことができない、しゃべることができない、そして自発的な呼吸ができなくなります。

本人だけでなく家族にとっても大変つらい病で、一般に介護者にとっても医療ニーズが高く難しい病と思われます。さらにALSの場合、呼吸筋が侵されますから、気管切開して人工呼吸器を着けるか着けないか、それはつまり命を延長するか病の進行に抗わないかという選択で、本人にも家族にも、大きな決断が迫られます。それを支えるのも介護者です。

病院に入院しているALSの方は、体位交換を求められたり枕の位置が5ミリ違っていてもつらいと訴えられたりと、5分おきくらいにナースコールがあるため敬遠されがちときいたことがあります。夜勤1人では大変ではありませんか?

今野:それがあまり困らないんですよ。私がケアマネをしていたときは、たしかにそう聞いていたけど、ここは夜、皆さんよくやすんでいらっしゃってあまりないですねえ。ちょっと体調が悪くて落ち着かなかったりして大変な日もあるけれど、ずっとじゃない。夜勤の仕事は就寝介助とオムツ交換、トイレ介助、雑務、体位交換くらいです。

皆さん、本当に医療ニーズが高い方ばかりですね。

今野:にじいろのいえは介護職員ばかりでやっているので、よく「怖くないですか」と訊かれますが、家でみるのは家族でしょ? そう思えば何も特別なことじゃない。私たちにできないことはない、と思うんですよね。外部の医師や看護師さんが24時間対応してくださいますので。

スタッフから不安の声は出ませんか?

今野:みんな覚悟ができているんでしょうね。私と堤(主任)が学会か何かで外に出ていたとき、自宅でみておられた主介護者のご主人が倒れて、緊急にALSの方をお預かりすることになったことがあります。そのときも電話で事情を話すと、スタッフがさっと段取りを整えてくれたんですよ。電話の向こうで「せめて来られる方が男性か、女性かくらい教えてください」って言われたけれど。今まで不安を訴えられたことはないですね。度胸があるんですよね。

と笑う今野さん。

普通の家で家族が介護するようにALSの患者さんや頸椎損傷の人をみる、人工呼吸器を着けていても着けていなくても。そして最後まで手放さない。にじいろのいえでは、それは特別なことではないようです。

お話をしているリビングの隣の部屋では、住人のベッドに上がって、背中のマッサージをしている女性がいます。

理学療法士さんですか?

今野:彼女は訪問マッサージ師です。鍼灸士の資格ももっています。月曜日から土曜日まで入ってもらい、ALSの方には毎日入ってもらっています。

訪問マッサージ? 理学療法士とは別に?

今野:はい、彼女たちはマッサージ師の資格を持ったプロです。このあいだ、堤が数えていたんですが、うちは3箇所の訪問診療と3箇所の訪問看護、2箇所の歯科医や眼科、訪問リハビリなど17の医療機関と、福祉用具の会社、訪問入浴、呼吸器や酸素の会社など19の介護事業所が入っています。私たちだけじゃ手が回らないところは外に頼みます。ケアマネも外の方が入っているし、外部のヘルパーにも入ってもらっています。


紡がれつづける物語

開設以来の5年、にじいろのいえで36名の住人を看取ってきました。そのうち自宅に戻った人が2人、他の施設に行った人が3人。ショートが3、4人です。それぞれに物語がありました。今野さんに紹介していただいた数人の住人の方にお話をうかがいました。

60台はじめの女性はALSで、東京から手伝いに来てくれたお姉さんと筆談で話しておられました。人工呼吸器は着けないと決めておられ、声は出ませんが屈託無い笑顔で迎えてくださり、自分の今の気持ちを素早くボードに書いて伝えてくださいました。遠慮のないお二人の会話に、ずっとこんな感じで姉妹仲良く育ったんだろうなあと想像しながらも、だからこそお姉さんは、胸の内では妹さんのことが心配でたまらないのではないかと思いました。

Mさんは60代前半の女性。やはりALSですが、病状は先ほどの女性よりかなり進行しており、気管切開して声は失われています。動かぬ体、表情もほとんど変わりませんが、「伝の心」を使って言葉を交わそうとしてくださいます。目の動きで一字一字選んでは文字盤に書き込んでいく。時々、これまでに書かれた文章がスクロールして流れていきます。

そのMさんは昨年までご夫婦で入居されていました。人工呼吸器の装着を迷っていたMさんは、間質性肺炎だったご主人に「ともに生きよう」と懇願され、人工呼吸器の装着を決断されたと聞きます。しかし、2017年8月、ご主人は先に逝ってしまわれました。スタッフの話では、Mさんはご主人をそばで看取られたと言います。

ALSのもう一人の男性Sさんも昨年、奥様を肺がんで亡くされたそうです。リビングで見せていただいた写真は、夫のそばでやさしく笑うきれいな年配の女性、もう一枚はすっかりやせ細ったその方がSさんに寄り添うように横になり、細い細い手をSさんに向けて伸ばしておられました。

2階には頸椎損傷の男性がいらっしゃいます。17歳の時の交通事故が原因だそうですが、頸から下が自由に動かすことができません。にじいろのいえは、自分でさがしてようやくたどり着いた「家」。

 にじいろのいえで紡がれていく物語には、ときに外部の人間からすれば想像することさえつらく、悲しく苦渋にみちたものがあります。しかし、それをスタッフや訪れる家族、友人の笑顔、そしてこの「家」に流れていく穏やかな時間がすっぽりとやわらかく包み込んでいるかのようにみえます。